※当記事は高千穂高校と五ヶ瀬中等教育学校の生徒が2020年〜2022年に取り組んだ「たかちほごう食べる通信」の生産者インタビューの記事を掲載しています。
日之影町と共に歩む居酒屋左近

九州山地に位置し、面積の約91%が森林で占める緑豊かな町日之影町。そんな山々の間の渓谷に通っている国道218号線沿いに居酒屋左近はあります。居酒屋左近は1997年(平成9年)から居酒屋としての営業を始め、25年もの間日之影町や隣町の延岡市、高千穂町の人々に愛されてきました。現在は祐二さんとご家族の父省二さんと母チヅ子さんと、そしてスタッフの樋口美穂さんの4人でお店を切り盛りされています。

居酒屋左近の始まりは、まず田中商店という小売店として昭和の初めの頃に商いを始めたそうです。当初、商店街から遠く買い物に行くのが困難という人たちのために移動スーパーとして町民の生活を助けていました。その後、日之影町の過疎化を何とかしたいという思いから居酒屋左近を開業。昼は移動スーパー、夜は居酒屋と2足のわらじで歩んできました。しかし、平成17年に台風14号が宮崎県を襲い、甚大な被害をもたらしました。高千穂町から延岡市間を通っていたTR高千穂線は台風の被害によって廃線となるほど被害は甚大でその時、日之影町も多数の被害があり、田中商店も浸水し、移動スーパーの廃業を余儀なくされました。しかし、日之影の人を思い、町を思い、居酒屋左近の営業は継続し今に至ります。

お店では漁が趣味という父の省二さん自ら五ヶ瀬川で漁を行い天然のウナギやアユなどを採り、お店で提供されていて、その中でもヤマタロウガニは8月から11月しか漁をすることができない希少な地元食材もあるそうです。そんな地場の名品たちを抑えて居酒屋左近の一番人気メニューとなっているのが今回の主役の「豚足の唐揚げ」です。
コロナ禍で始まった「伝家宝豚」の開発

取材では漁の現場などを見せてもらったあと、居酒屋左近にもお邪魔しました。店内に入ると食欲をそそる美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐりました。お刺身を乗せるであろう皿が厨房のテーブルにたくさん置かれており、従業員の皆さんが営業前の仕込みを行っていました。お店の中には地元の方との写真や、テレビ取材があった様子など飾ってあり、店内に入って少し店内を見回しただけで地域の人たちに愛されているんだなと感じることのできるアットホームな雰囲気がそこにはありました。
そんな居酒屋左近の一番人気メニュー「豚足の唐揚げ」はたくさんの人の手によって作られています。生で仕入れた豚足を2時間半もの間お店で茹でて、次の工程のカット作業は日之影町の就労支援施設「のぞみ工房」さんが行います。その後お店で、200度の油で揚げ、最後にポン酢ベースの調味料で味をつけます。このポン酢には日之影町特産の柚子を使用しており、規格外で出荷できないサイズのものを農家の方から頂いて使用されているそうです。このポン酢ベースのさっぱりとした味が男女問わず人気の理由だそう。
しかし、そんな地域の人々の拠り所の居酒屋左近も、昨今の新型コロナウイルスの流行拡大で大きな打撃を受けました。コロナ禍による外出制限により売上も減り、お店の存続も危ぶまれていたそうです。そんな中「何かコロナ禍でも楽しんでもらえないだろうか」と日之影町地域おこし協力隊の重信誠さんに相談。そこから2人3脚の「伝家宝豚」の開発が始まりました。
日之影のアイデアマン、重信さん

UMK(テレビ宮崎)開局50周年記念CMの「ひーのーかーげー♪」というフレーズは宮崎県民の方は聞いたことがあるのではないでしょうか。
(県外の読者の方はぜひこちらから動画をご覧ください!)。
私達がテレビで見てたあの人が、今回のもう一人の生産者の重信さんでした。私たちが感じた重信さんの第一印象は「ただただ面白い人」でした。インタビューの最中にも、様々なギャグで私たちを笑わせてくれました。そんな重信さんは宮崎県都城市出身で、平成31年から日之影町地域おこし協力隊として日之影町に移住して来られました。協力隊として勤務するきっかけは、東京での転職に失敗して田舎で癒やされたいという軽い気持ちだったそうです。

そんな重信さんは田中さんとは最初はただの「居酒屋の店主」と「飲みに来るお客さん」でした。店主とお客さんとして仲良くなった二人、しかし、このコロナ禍で居酒屋左近に暗い影が落ちそうになっている時「左近がなくなってしまうと地域の人々の憩える場がなくなってしまう!」と、2人3脚で人気メニューの豚足の唐揚げをパック販売して行こうと思い立ちました。そこから豚足の唐揚げパック販売の商品開発が始まりました。

重信さんに「伝家宝豚を開発する中で苦労したことは何ですか。」という質問をすると、重信さんは「様々な許可を順を追って得ていくことがとても大変でした。」とおっしゃいました。伝家宝豚は真空パックでの販売のため、販売するにはそうざい製造業の許可が必要です。そのため2人は居酒屋左近の隣にプレハブを設置。様々な機械を揃え、そのため当初の予算額の2,5倍のお金が必要になったそうです。「コロナ禍でこんなに苦しい思いをしているのに・・・!」と多方面で歯がゆい思いをされたそうですが「僕を信じて田中さんは商品開発へ投資してくださったんだ・・・!」という熱い思いから諦めることなく、クラウドファンディングで資金調達を行うなど課題を解決し、事業を無事にスタートさせることができました。重信さんのクラウドファンディング中の告知や、メディア露出戦略などが功を奏し販売開始4日で何と1000パックの予約が集まり、現在も順調に事業を拡大しているそうです。
実は、重信さんは地域おこし協力隊として、就任当初から閉店した日之影町の「こんにゃく村」というお店の名物だった「こんにゃく唐揚げ」パック販売して復活させたり、町内でイルミネーションや飲食店のテイクアウトのイベントを計画したりとさまざまなこと行っていたそうです。この行動力も納得の実績です。
重信さんに「日之影町の好きなところは何ですか」と聞くと「町民ひとりひとりの町に対する思いが強いところ」と答えてくださいました。また、令和4年1月で地域おこし協力隊としての任期が終わる重信さんですが、町民の方たちから「重信さんは日之影町に残って欲しい」とたくさんお声がけ頂いたとお話を聞き、こういうところに「町民ひとりひとりの町に対する思いの強さ」を感じていらっしゃるんだろうなぁと思うと同時に、重信さんも町民の方にとても愛されていて思われる対象になっているんだなぁと感じました。先述した通り、重信さんは今年度で地域おこし協力隊としての任期を終えるそうですが、次の事業のことを考えたり、町民の方からの熱烈な思いを受ける中で、日之影町に残ることを決め、次のお仕事の仕込みをしている最中だそうです。最後に重信さんにこれからの目標を聞くと「こんにゃく唐揚げ、豚足の唐揚げに続く第3弾の変わり種の唐揚げを作りたい」と答えてくれた。これからどんな唐揚げやギャグを生み出してくれるのか、重信さんの動向に目が離せません。
心をつかむ二人

実は私達も取材中に豚足の唐揚げを食べさせて頂きました。口に入れた途端広がるさわやかな香り。肉は柔らかく口の中で溶けていくような感覚がして、取材班の高校生は豚足を初めて食べたという人も多かったのですが、みんな美味しさに身悶えしながら食べていました。そんな中、取材中に伝家宝豚を買いに来られたお客様がいらっしゃいました。裕二さんがお客さんにどこから来られたのか、何を見てこられたのかを聞いたり、美味しい食べ方など説明したり、とても丁寧にコミュニケーションを取られていました。それを見ていたら重信さんが「祐二さんは買いに来られたお客さんに県外、県内どちらから来られたかを聞き、県外だったら基本的な伝家宝豚の説明、県内だったら伝家宝豚をより美味しく食べる方法など一人一人に違う接客をしているんですよ。」と教えてくださいました。丁寧な接客でたくさんの人の心をつかむ祐二さん。そして抜群のコミュニケーション能力で初対面の私達まで笑顔にしてしまう重信さん。相性抜群なお二人です。
祐二さんにとって重信さんとは

最後に「祐二さんにとっての重信さんとはどのような存在ですか。」という質問をしてみました。祐二さんは迷わず「師匠ですね。」とおっしゃいました。その心はと聞くと、伝家宝豚を販売しようとなった際、マーケティング手法やパッケージのデザイン、そしてメディアへの宣伝など重信さんが得意とする分野で豚足の唐揚げの商品開発を補ってくれたりして、本当に心身になって協力してくれた所を真剣に「師匠」として仰いでいるそうです。
「最近は左近へ飲みに来るとまんざらでもなさそうに師匠感を出してくるんですよ」と笑顔で話す祐二さん。その隣で照れくさそうにしながらも笑顔だった重信さん。2人の世代を超えた深い絆が印象的で、見ているこちらも笑顔になるお二人でした。
文:五ヶ瀬中等教育学校 佐藤美咲、(同)垣内和馬
取材時期:2022年1月

