※当記事は高千穂高校と五ヶ瀬中等教育学校の生徒が2020年〜2022年に取り組んだ「たかちほごう食べる通信」の生産者インタビューの記事を掲載しています。
山深い村、諸塚村
車で1時間の山道を越えて、私たちは 諸塚村の物産館「もろっこはうす」までやってきました。もろっこはうすは、すぐ横に一級河川の耳川があり、深い谷と森林に囲まれています。ザーザーと水が流れる音、かわいらしい小鳥のさえずり、風で木がなびく音など、聞こえてくる音に癒され、道中車酔いをしてしまったメンバーも諸塚村の景色の中で休憩をして少しずつ回復したのを覚えています。
今回の舞台は世界農業遺産高千穂郷椎葉山地域でも南に位置する村、諸塚村です。そこで出迎えてくださったのは今回取材をさせていただく諸塚村の猟師チーム「川の口班」のメンバーでもあり、もろっこはうすで勤めていらっしゃる黒木雄介さんです。
月日を重ねることによってわかる発見
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取材中、黒木さんは突然山の地面を観察し始めました。「何をしているんですか?」と尋ねると、「動物の足跡があるのがわかる?この足跡の残り方だと、昨晩から今朝の間にここを通ってるね」とおっしゃいました。なぜわかるのか質問してみたところ、
「ここら辺の葉は濡れてて水分が多い感じでしょ。これは朝に霜がおりたから濡れてる。ただ落ちている葉っぱに注目すると、霜によって水分がある面は上向きのはずなのに、この部分だけひっくり返って下を向いている。つまりこれは動物がここを通って葉っぱが動いたことが分かる。この葉っぱから推測して、だいたい昨晩から今朝の間に通ってることがわかるね」
と、答えてくださり、私たちは「猟師さんって探偵みたい・・・」と驚きました。また、動物が通る頻度が高い所には枝をわざとおいて、その枝が折れていたり、設置した時と違う向きを向いていたら、そこを動物が通ったと判断できるような仕掛けもしているそうです。猟師さんのこういった技術や知識を知った時には、とても驚きました。長年猟師として経験を積んできたからこそ、できることや分かることがあるのだということに気づきました。
イノシシのお風呂

取材の最中に「イノシシのお風呂」がある場所に連れて行ってもらいました。そこは、だいたい2メートルくらいの大きさの水が溜まりそうな場所。よく見るとそこにはイノシシの蹄(ひづめ)の跡がありそこに実際にイノシシがいた事が窺えます。でもなぜイノシシは泥水に浸かるのでしょう?疑問に思っていると、教えてくださいました。
「泥水を被って、それを木になすり付けることで体に付いているダニを落としたり、ダニが噛みつきにくい体にするために泥でコーティングするんだよ。」という目的で泥水を被るそうです。
イノシシたちもどうすればダニに噛まれる痛みから免れることができるかなど知恵を受け継ぎなから生きているんだなと思い、イノシシが持つ知恵にも驚かされました。
猟師の皆さんが学生だった頃、人々にとって猟は身近なものだったそうで、朝、仕掛けをしてから学校に行くこともあったんだとか。仕掛けに動物がかかっている日は嬉しかったと懐かしそうに思い出話をしてくださいました。また、当時は鹿は今ほど多く生息しておらず珍しいもので、捕まえたと報告が入ったら意気揚々と見に行ったそうです。
諸塚の猟

諸塚では猟師のことを跨ぎ(またぎ)と呼んでおり、巻狩(まきがり)という戦法で猟をしています。巻狩とは、鹿やイノシシなどの獲物がいるだろうと思われる場所の周りを囲い、猟をする戦法です。また、猟師はその時その時に応じて猟をする上での2つの役に分かれます。まず、勢子(せこ)と呼ばれる役。この役は犬を連れている人がする役で、森の中に犬を放って獲物を間伏(まぶし)がいる所まで誘導します。間伏は、先程の勢子が誘導した獲物を鉄砲で打つ人を指します。他の地方では立間(たつま)となどと呼ばれているそうです。ちなみに、猟に適している犬の特徴は、毛がふさふさしていない短髪の犬である点、雑種である点の2点です。なぜ純血ではだめなのか聞いてみたところ、純血の犬は病気に弱いそう山に入るには向いてないそう。

獲物を絶対捕まえるにはどの猟にも最低5人は必要で、勢子が1人、間伏が2人ですることもあるけれど、5人以下でする猟は成功の確率が低くなるそうです。すごく優秀な猟犬がいると、猟師のところまで鹿、猪を誘導してくれて1人で獲れるそうです。猟師の間でよく知られている、一犬二足三鉄砲という言葉があります。これは、猟において、嗅覚と自らの足で獲物を追いかける犬、犬を山に連れていく人間の足、獲物を仕留める鉄砲、という順番で大事だという意味で、猟師には馴染み深い言葉だそうです。
皆さんにとって猟とは?

インタビューの中で皆さんにとって猟とはどんなものですかと聞きました。
「生きることに近い」と振り返る黒木さん。「昔から食べ物がなかった諸塚では猟が生活の糧でした。現在は食も豊かになり猟にでないと生活できないわけではないですが、昔からの生活の一部として捉えています。獲らないといかん!という使命感とかではなく、みんな楽しみながら社会貢献をやっている感じですね。猟っていうものはその人その人を形成する個性や生き方のひとつかなと思います。」と答えてくださいました。
最近は学校給食に出るほど身近なものになってきたジビエ。ジビエを食べる際は猟という命と向き合う仕事をしている人のおかげでジビエ料理が食べられるということを意識し、動物や取ってくださった方々に感謝して食べたいと思います。

諸塚村の村民約1500人に対し、猟師は銃を使う人が38人、罠を仕掛ける人が銃を使う人の倍の80人ほどで、全部で約120人しかいないそうです。そして、猟師の方たちの平均年齢はなんと70歳。最高年齢は78歳なのだとか。それを聞いて私たちはびっくりしました。猟は昔からの遊びだったと語る中村勘三郎さん。初めて猟をした年齢を聞くと、18歳という人もいれば、中学生という人も。私たちより幼い年齢で猟をしているなんて衝撃的でした。しかし、今では法律が整備され、豊かな時代となり生活スタイルも変化し、若い人がなかなか猟師になってくれないのが悩みとおっしゃっていました。しかし、猟師人口が減っている状況ですが、だからこそ中村さんは「頼られていると実感し、猟にやりがいを感じる」と嬉しそうに仰っていました。
文:高千穂高校 GIAHSアカデミー生
取材時期:2021年12月

